
2005/03/06 01:19
3月6日、南大沢文化会館に於て
今日は、例の、友達の演劇を見に行った。はるばる八王子市南大沢まで、片道90分もかけた。演劇を見るのは初めてに近かった。なので、こんな素人にもダメだぁと思わせる虚仮威しだったら、罵ってやろうとさえ目論んでいた。
会場に入ってみて驚いた。目眩さえした。こんな場所だとは思っていなかったからだ。カンッ・・・カン・・カン・カンカンとBGMと言うのであろうか、始まる前の音楽?さえも、2階で本物の楽器を叩いて演奏?しているものだから歓喜した。この芝居に対する情熱が伝わってきたからだ。
始まりは10分程度遅れた。始まってしまえば、あっと言う間で終わってしまった気がする。ただ、もう少し、見る側の気持ちを考えて欲しかった。腰が痛くなる、おしりが痛くなる、首をやたらと振らなくてはいけない、ずっと背中を向けられ演技をされているなど、演技は元より会場から疑問点が多かった。ただ、これは仕様のないことで咎める必要もないが、せめて椅子の上には座布団程度は欲しかった。これを書きながら、腰が痛くて仕様がない。あの長丁場、見入っていたとしてもこの椅子の不満は消えることはなさそうだ。もちろん、僕以外の人も、腰が痛い、おしりが痛い、など、口をし僕の耳にも届いていた。
友達に対する演技の評価は、びっくりするくらい素晴らしいものだった。はじめにも書いたが、ボロボロにいい倒して、友達には諦めた方がいいよって言う支度をしていたのだ。僕みたいな人が見てもはっきり言ってダメだよ、こんな科白まで用意していた。しかし、そんな準備はすべて無駄なものになった。
その友達ではないが、出演者ほとんどの日本刀?とりあえず刀の使い方がはっきり言って下手くそ以前で、評価するに値しない。僕自身、剣道すらやっていない人間である。なのにもかかわらず、なんだこれは、馬鹿にしているのか?とさえ感じてしまうものだった。特に、最初と最後のみんなで振り回すシーンは、練習不足と言われても仕方ないと言った出来だった。僕の前で演技していた人だけかもしれないが、背後にいる人間をちらちら何度も確認しながらの演技は醜くて仕様がなかった。そして、刀の振り回し方のワンパターンさ、みんなで同じ振りの練習していないのだろうか、詰まらなすぎた。太刀は一刀のもとに斬り伏せると言ったことを知らないのだろうか、ひとふりで終わったのは一番最後のみである、ただ、その演技はちょっと情けなかった。この刀の練習だけをやっているわけにもいかないのは百も承知だが、許容範囲以下であることは間違いなかった。もう少し、真田広之系か座頭市、そのあたりを個々人が勉強して欲しいと感じた。
そして、棒読み君がいたことは否めない。ものすごく溶け込んでいないのだ。全くもって不自然極まりないのだ。抑揚が激しすぎて不自然なのだ。世界に入るのではなく、淡々と演技している感じ。感情がないと言ったらいいのだろうか、見ているほうが、何 突然?と言いたくなる。
極めつけは、笑っている人が居たと言うこと。信じられなかった。破天荒だ。こんなことは園児でも知っている筈だ。自分の演技をしている最中に笑ってしまう、これは劇団に入ればきっと練習させられる。しかし、今回は、他の人が一生懸命に科白を言っている時に、何度か噛んでしまい詰まり詰まってしまったのをみて笑っていたのだ。殴ってやりたかった。最初は笑うところなのかと思ったが、どうやらそうではないのだ。僕は、難しい科白を覚えていることすら、すごいと思っている。科白を覚えることは、当たり前かもしれない。でも、科白もない人間が、科白を言う人間が噛んでいるからと言って、笑っているのである。こういう人間は除隊・・・いや、退団するべきである。不快極まりなかった。
そんなこんなもあってか、僕の友達の演技は、主役をも驚かせるものだったと言っても過言ではない。いやいや、本当に驚いた。突っつくところが、パっとは言えない。(さすがに忘れた)ナントカ卿の役に溶け込みすぎていた。だんだんリチャード3世?を嫌っていく様を重々に感じ取ることが出来た。すごいと思う。こんなことは言うつもりはなかったのだが、これから俳優として通用する気がした。期待しても問題ない。あ、やっぱり刀はいまいちだったことを今思い出した。
最後に、なかなかストーリーがのみ込みにくかった。誰が誰だか分からなくなってしまうのだ。これは、映画をみてても言えることなのだが、最初に名前が出すぎることが問題と言えよう。もうちょっと主要人物だけの名前の羅列で十分な気がする。いや、主要だけかもしれなかったが、最初に名前が溢れすぎていた。だんだん理解できるような、最後には問題ないような、この点はあまり論議することでもなさそうだ。ただパンフレットと言うか、冊子というか、そこに主要人物を載せて頂くと分かりやすかったかもしれない。
以上が、感想というか、酷評を書いたつもりである。ただ、主役と、そして僕の友達の演技は、揚げ足すら取ることが出来ないほど、素晴らしいものだった。舞台が終わった後、本人にあって話していた時、たぶん僕にしか気づかなかったことだが、僕はなんか涙が溢れてしまいそうだった。そして、僕は感極まってよく分からない行動をしてしまった。こんなことを書くのは照れくさいのだが、罵倒を準備していた自分が醜かったの同時に、友達がとても輝いて見えたのである。
追記
どうでもいいが、斉藤さんという偉い人が岩井俊二に見えてしまったんだよ。威圧感のある岩井俊二みたいな・・・。そして、本文中の"友達"は、マイミクシーにいるmasuのことである。

